娘じゃなくて 嫁じゃなくて 「母ちゃん」 です

うつ病から双極性障害になった私が、夫と子ども達に支えられながら送る毎日の記録です。

嫁の役割

 

 

私がうつ病になった時、数年間はしんどくて動けない毎日でした。

 

それが、フッと目の前が明るくなり心も体も軽くなったのです。

私は「治った」と思っていましたが、躁状態だと知りました。

 

高価なものを考えずに買い、常にハイテンションでした。頼まれごとも嫌だと思わなかったし、「頼られてる」という感覚が心地よかった。

 

でも、引き受けたことができないんです。頭が回らない、長続きしない。人に偉そうにアドバイスしながら、あとで「あんなこと言ってよかったかな」と考え込んでしまうんです。

 

心と体と頭が一体となって動いてくれず、それがショックでまたうつ状態になる。それの繰り返しです。

 

私がこの変なループから抜け出すきっかけになったのは、姑と話したことです。

姑はまるで自分の子どもを育てるように、夫・私・子ども達と密な関係でいることを求めていました。

 

病気になってもそれが続き、説教じみた話をされるのが辛かったんです。「結局、怠けて現実を見ようとしてない」と言われることが本当に辛かった…。

 

あまりに理解がないので、夫と姑と医師で話をしてもらいました。私は姑が怖くて行けませんでした。

 

後日医師と診断で「距離を置きましょう。理解できない方に、無理に理解してもらわなくていいんです。何も気にしなくていいですよ。治療のために必要です。何か言われたら『医師からそうするように言われた』と言ってもいいですからね」と言っていただきました。

 

医師と面談した姑は、苛立っていたようです。それから、前のように我が家には来なくなりましたが、会うたびに「病は気からなのよ。なんだって頑張ればできるのにね」と言われるようになりました。

 

言われることで、私の中の何かが緩んだんです。

「もう、言われるがままの生き方は止めよう」と思いました。

 

舅・義兄・夫は、姑とまともに口を利きません。それは結婚当初から感じていた違和感です。

そこに私が入り、みんなのパイプ役になっていました。食事会の提案をしたり、旅行の提案をしたり、その場だけでも「家族」の形になっていました。

 

私が病気になったことで、パイプ役がいなくなった夫実家は「家庭内別居」状態です。それに罪悪感を感じていました。

 

でも、もういいかなと思います。22年間、あの人達をつなぎとめることが私の役目かと頑張ってきましたが、私には他人の家族を修復することは無理です。

 

もういいかな、と思えるようになってから、少しずつ軽くなってきました。

 

舅姑との付き合いは難しいですが、自分にできることを無理せずに…。そこにもう少し早く気づけばよかったです。